LVMH(モエヘネシールイヴィトングループ)
1987年ルイヴィトンとモエヘネシー両グループの統合によって誕生したフランスの持ち株会社、LVMHモエヘネシールイヴィトンは、世界30カ国以上で50以上の世界規模の高級ブランドを取り扱っています。
LVMHは主に5つのセクターから成り立っています。()内は創業年
ワイン&スピリッツ
モエ・エ・シャンドン(1743)、ヴ−ヴ・クリコ・ポンサルダン(1772)、クリュッグ(1843)、メルシエ(1858)、ルイナール(1729)、シャトー・ディケム(1593)、ヘネシ−(1765)、ハイン(1763)
ファッション&レザー
ルイ・ヴィトン・マルティエ(1854)、ロエベ(1846)、セリーヌ(1945)、ベルルッティ(1895)、ジバンシイ(1952)、ケンゾー(1970)クリスチャン・ラクロワ(1987)、エミリオ・プッチ(1948)、フェンディ(1925)、ダナキャラン(1984)、トーマス・ピンク(1984)、マークジェイコブス(1984)、クリスチャンディオール(1946)
パフューム&コスメ
パルファン・クリスチャン・ディオール(1947)、ゲラン(1828)、パルファム・ジバンシィ(1957)、パルファム・ケンゾー(1987)、ベネフィット(1976)、プリス(1996)、メイクアップフォーエバー(1984)、フレッシュ(1991)
ウオッチ&ジュエリー
タグ・ホイヤー(1860)、エベル(1911)、ショーメ(1780)、ゼニス(1865)、不レッド(1936)、オマス(1925)、クリスチャンディオールウォッチ(1975)、デピアスLV(2001)
セレクティブ・リテーリング
DFS(1961)、ル・ポン・マルシェ(1852)、セフォラ(1970)、マイアミクルーズライン(1963)、ラ・サマリテーヌ(1869)
その他
レテュドゥ・タジャン(1970)
LVMHは、1983年のヨーロッパの経済統合にヒントを得たと言われています。
お金と人を集めて協力すれば会社がより強くなると考えて誕生しました。
基礎となったのは鞄業大手のルイヴィトンと洋酒業大手のモエヘネシー両グループです。
同業のものが統合したのでは対立起きるとの考えから、異なる業種のトップ同士の組み合わせとなったのですが、頭文字での表記はLV(ルイ・ヴィトン)が先でMH(モエ・ヘネシー)が後なのに、フルネームの表記ではモエ・ヘネシーが先でルイ・ヴィトンが後となっている事からも想像できるように、両者がまったくゆずらず泥沼化していきます。
遂には業績が良かったルイヴィトンをモエヘネシー側がのっとりを計画する始末に・・・
ルイヴィトンのラカミエ社長は資金集めを始め、お金を借りにいった先が現会長のアルノー氏の所でした。
LVMHの誕生より3年の1984年、建設会社の社長だったアルノー氏は、ブサック・グループの買収に成功します。ブサック・グループの企業規模は彼の会社の実に12倍近く、買収など無理と思われていましたが、170億円を調達し買収を成功させます。
このアルノー氏、買収してから傘下の会社にディオールがあることを初めて知ったとか・・・それまでブランドにあまり興味は無かったみたいですね。
1985年にディーオールの社長に就任すると、全盛期の勢いを失っていたディオールにイタリア人のジャン・フランコ・フェレをチーフデザイナーとして迎えます。
この伝統を切り捨てたデザイナー交代には非難が起きましたが、ディオールは大躍進を遂げることになります。
そんなこんなで、1988年にディオールがLVMH傘下に入ります。
アルノー氏は、1989年にLVMHグループの会長に就任。
そして、LVMHの買収劇がスタートします。
アルノー会長は、買収したそれぞれのブランドに才能豊かな若手デザイナーを投入し、伝統あるブランドに新たな血を注ぎ、雰囲気を一変した新作は、売り上げを飛躍的に伸ばしましたが、その冷徹な手腕からカシミアを着た狼などと呼ばれるようになります。
(ルイヴィトンのデザイナーにマーク・ジェイコブスが採用されたのもこの流れに沿ったものです。)
1999年にタグ・ホイヤー、フェンディ、ショーメなど空前の買収攻勢に出ました。
そんな中、LVMH入りを拒んだブランドがあります。
イタリアの名門ブランド、グッチです。
一族の血みどろの抗争(本当に死者も出た)によって瀕死状態にあったグッチですが、ドミニコ・デ・ソーレ氏とデザイナーのトム・フォードとともに、売り上げを順調に伸ばしていました。
グッチが狙われたのは、イヴ・サンローランを買収するなど、大きなグループになろうとしていたグッチが脅威になるまえにLVMHに吸収しようと考えたからだと言われています。
LVMHは、グッチ株を買い占め役員ポストを要求したが、グッチは新株を発行しこれに応戦・・・LVMHが2002年秋に買収を断念するまで訴訟合戦を繰り返しました。
当時はテレビなどでも、フランス(LVMH)VSイタリア(グッチ)のブランド合戦だ!!などとよく特集されていました。
他には、フェンディの株をプラダと共同で取得し、協力関係になってたりもします。
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